afurikamaimaiのブログ

この道は行き止まりだ。引き返せないよ。

キチガイに刃物。

総額3億円余 経営幹部ら20人が受け取り 関電社長認める | NHKニュース

<a href="https://mainichi.jp/articles/20190927/k00/00m/040/152000c" target="_blank" rel="noopener nofollow">https://mainichi.jp/articles/20190927/k00/00m/040/152000c /▲▲▲再エネ収賄ありましたが、電源としての価値まで毀損されますかね? <a href="https://www.topics.or.jp/articles/-/167997" target="_blank" rel="noopener nofollow">https://www.topics.or.jp/articles/-/167997 <a href="https://tinyurl.com/ybqh3b4b" target="_blank" rel="noopener nofollow">https://tinyurl.com/ybqh3b4b

2019/09/27 15:35

b.hatena.ne.jp

 

電源としての価値の毀損・・・思想信条・信仰の領域なんでなんとも。

電源を扱う人間の資質の問題・・・贈収賄する人間が適格である、という判断は下し難いと思う。俺は正直無理。

 

もっとも、本音クールの冷笑バカに言わせれば「それが社会」ってもんなんだろうけどね。そもそもこれ、「司直の手によって摘発・裁きを受ける」とこまで行くかね?

 

事後的に不適格な人士を排除しうる回路のある再生エネルギー界隈と

さて、それはどうやら働くのかしらん? と未知数の原発界隈。

しばらく見守りたいと思います。*1

 

総額3億円余 経営幹部ら20人が受け取り 関電社長認める | NHKニュース

原子力はリスクはあれど大いに可能性のあるテクノロジーだが、扱う人間がこんなザマでは推進など出来ない。

2019/09/27 15:19

b.hatena.ne.jp

 

げに。

もっとも俺は、そうとうに理性を振り絞っているフィンランドにおいても袋小路に陥りつつあるという意味で、原発の可能性についてもけっこう悲観的。

※参考

spyboy.hatenablog.com

けどこれは単なるスタンスの差。

おおいなる力を操る者には、それ相応の資質が求められる

という点ではまったくの同意。

で、関電は大きくそれを欠いていると考える。関電に限らず、かな?

 

いいかげん、不適格な事業者の不祥事を追及するのを問題を摩り替えるロジックは見飽きた。

もちろん原発という電源そのものを邪悪と見做して攻撃してる連中はいる。俺も心情的にはこっち側だ。

けどそれは譲歩できないわけではない。

厳格な人間たちの管理に任せれば、あるいは妥協点が見つけられるのでは、見つけなくちゃ今の享楽を維持できない、となればしぶしぶ手打ちするくらいのことはする。

本音クールの冷笑バカじゃないけど、俺は快適な住環境を喪うことを恐れる程度には、卑劣漢であると自覚している。

しかしそれでも。

譲れない線というものはある。

キックバック貰いました、けど返そうとしたから問題なし、そもそも主犯は死んでる、アイツには迷惑してたんすよ(大意)

みたいなさ、そんな連中の施す電力で「快適な住環境」を提供してもらって・・・心がささくれないほどには達観できてないのよ。

 

わざわざ

原発の是非」

原発事業者の適格性」

混ぜこぜにして相対化して問題を雑に見る冒頭のようなブクマカの姿勢は、最高にイケてないな、と思う次第です。

とはいえ、こういう混同を誘って恫喝する話法は巷に溢れ返っているのだから、今回は備忘録。

あえて批判されている対象を「不適格っぽい原発事業者」から「原発事業そのもの」へと膨らまして反転攻勢。こうすることで消費者に「お前らは原発の電気で生きているんだぞ」と後ろめたさを刺激するやり方。

ご用心ご用心。

 

総額3億円余 経営幹部ら20人が受け取り 関電社長認める | NHKニュース

検察はどうせスルーだから、原発推進派はご安心。今は便乗できる温暖化のビッグウェーヴもあるしな。俺は原発そのものよりもこういう人士にそれを預けて疑問を持たない連中に、キチガイに刃物という言葉を教えたい。

2019/09/27 15:27

b.hatena.ne.jp

擁護すれば擁護するほど、原発界隈の人士の持ついかがわしさ」「界隈そのもの」のオーラとして流布して、よりやりにくくなると思うのだけどね。

こういう袋小路、あらゆる運動が嵌り込むよな、とぼんやり思った。

原発に限らず。

いかがわしく不適格な人間を身内から輩出しても、自裁出来ずに、思わず「仲間だから」と擁護しちゃう行き方、長期的には集団そのものの利益を毀損すること著しいと思う。

情に流されると良くやりがちで、原発界隈に限った話じゃないのだけど。

 

やっぱ、共感ってクソだわ。

*1:つっても、再エネ界隈も「ゼニになる」と分かった途端、原発も真っ青な不可触風味な贈収賄スキーム打ち立てておかしくなさそうだけどな。リアリスト言うところの「それが社会」って奴(笑)。

そろそろ開始。

俺にはいまだに新聞が「税が軽減されて当然」という理屈が飲み込めない。

再販制度の維持並みに。

規制緩和構造改革をさかんに囀ってた頃からそうでしたね。

「自分のところの既得権益はどうするつもりなの?」という疑問には貝になるのが新聞たちだった。

 

日本の研究力を損ねた「選択と集中」  :日本経済新聞

軽減税率食いながら人に「カネを出せ」とねだるのは楽しいかクソ新聞。

2019/09/24 14:51

 

お前らの払い渋った税金の幾許かが回れば、また違うかもしれんがな。

てか、この新聞は以前「選択と集中による競争力の強化を」という風潮を煽りに煽っていたのだが、その辺に関する事後検証とかはしないのかなこの新聞。

検証のない主張を時流にあわせてペラペラ繰り返すのって、科学的じゃないですよ。

少なくとも、俺の知ってる科学とはだいぶ違う。

ひょっとしたら新聞界隈で言う「科学」は俺の知ってるのとは語の定義が違うのかもしれない。

 

この記事よりも実際の本読んだ方がずっといい。

 

科学立国の危機: 失速する日本の研究力

科学立国の危機: 失速する日本の研究力

 

 

分厚いけど。

図表いっぱいだし、文章は割と平易。

ざっくりとした読み方をするだけでもいいと思います。

いろんな意味で「うーん、これはもう無理のと違うか」ってなるけど。

少子高齢化の影響により、データが歪んでる(論文を出すのに貢献しないような非現役層も母数に加えてるから、日本のポジションが下振れするんだろ)みたいな推測にも、次々にエビデンスで撃破していく。

ふだんだったらこういうエビデンス振り回すの小気味よいって思うけど、ことこのネタに関しては、どんどん希望の芽が摘み取られてるようで、辛いです。

あ、でもでも!

臨床医学論文数は増えたよやったね!(すでに頭打ちだけど)

 

第6章で将来の成長に含みを持たせるような記述もあるにはあるのですが・・・

大筋としてめちゃくちゃ正しい! 賛同する! 

けどそれ実装に下りてくる頃にはまず間違いなく悲惨なことになると思いますよ

という雰囲気ぷんぷん。さすがにそこまで露骨には書いてないけど、それまでの章を費やして「選択と集中」の実際の敗戦の経緯を描き出しているだけに、「この懸念・この危惧はまず当たるじゃないか」という予感が拭えないすぎる。

 

けっきょくどの章も帰結するのは「カネ」です。ヒトに対するカネの必要性がずっと語られている。

けどそのカネがないのよ・・・

なので、カネを回すことを敵視し続けてきた新聞、

税負担から逃げ回ることにのみ、自身の発信力を駆使した新聞。

連中にに対してはやはり、上記ブコメのような評価しか出来ないし、そんな新聞がしたり顔で何かを語る、というのにはたいへんに不愉快な思いがします。

 

多くの人により広く実態が知られることになった広報の意味は大きいと思いますが、それでもね。

 

自身の負担を逃げ回りながら、世を案じている風なことを言うの、スゴクかっこ悪い。

増税はいっぱい憎らしいけど、声のでかさを自分の利益だけに使うような真似をするほどには、堕ちたくないなと思った次第です。

留保なき生の肯定を。

今週のお題「理想の老後」

 

具体的に言うと、おひとり様あおり商売が居なくなるといいなぁ、って。

「一人は素晴らしい」ってのも、「一人は辛い」ってのも。

 

どっちも「一人」という属性にのみフォーカスしてその「一人」まさにその人が抱えてる幸福や葛藤には微塵も切り込んでいこうとしないのがね。

まあ・・・その「一人」という属性を持っている個人、その人々を一人一人に至るまで細かい目線でいろいろと論じるというのは無理があるのは承知の上で。

粗すぎる物言いがはびこってるので、言論屋の

「次の飯のタネ」

として消費されてお終い、ってなるんじゃないかしら、と危惧した次第。

 

けど、以前ならこういう社会に対して一家言持つ評論家、の視点だけが重宝されて、その雑な仕切りから漏れる、嵌まらない人たちの言葉なんて届かなかったんだよな。

そう思うと「自分はこういう風に生きたいぞ」っていうのを軽い気持ちで表明できるようになったのは、とてもいいことだと思う。

 

まぁ、あれですよ。

いろいろと自分より声のでかい人に自分の生き方ダメ出しされて右往左往するよりも、自分の思うところはどんどん声に出していきたいよね、と。

そういう次第で、俺の理想の老後は表題のとおりです。

 

どんな生き方をしても、自分も他人も認めたい。

数を恃んで他人に「この生き方が素晴らしいよ」「その生き方は長くないよ」

みたいな言い方をするのは止めたい。

ともすれば日々沸き起こる人にダメ出ししたい欲望を抑えていきたい。

なかなか人をアゲる方向への意気は上がらないのに、ダメ出しばかり元気にやれるのはバランスがおかしいし、収まりが悪いからね。

 

誰が何をしようが心揺さぶられない。

 

そんなジジィに、私はなりたい。