afurikamaimaiのブログ

テキスト打ちのリハビリのはずだったが、今は路頭に迷ってる

アリーテ姫

 いろいろ書いたがまとまらなくて断念。

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 一つだけまとまったのは

クライマックスの魔法使いボックスの水が涸れた時の村人の行動は、

ボックスの人となりとかそういうのは割とどうでもよくて、

目に見える形で自分たちの生殺与奪を握ってる奴が上にのしかかっているという鬱屈は大人を歪めるんだよ、という事なんだと理解しました。

事情はどうあれ村人はボックスに生かされている。

ボックスを生きながらえさせるために、毎日のメシの世話をしなければならないというのはウンザリする事だろうけど、そのおかげで村に何とか生活できるだけの水が供給されているというのはたしかなわけで、これが大人を苛立たせるんだと思います。

 

スッパリ天災で水が湧かなくなって砂漠化するのでここでは暮らしていけないとなれば、新天地を目指して一家を養うために一念発起して移住! って選択肢もあっただろうに、ひとまず命を繋ぐのには不自由しない水があるがために、不快な支配者ボックスにひざまずいて村で暮らし続けざるを得なくなるという定め。

 

身軽だったら「ボックス気にいらねぇ」で別の場所に行く事も出来たと思うんです。自ら選び取る形で、敢えて苦難の道を行くことも出来ただろうと。

けどいろいろ抱えるもんがあって、それを守るためにはボックスという魔法使いに従うより他ないという状況は鬱屈するんではないかなと。

命の源になる水を握られてしまってるために、反抗しようにも反抗できない。

戦う前から諦めなくてはいけない事を強いられてずっと暮らし続けるというのは苦痛だったんではないか、と感じます。

ボックスが居るが故に生き延びられる事を頭で理解してても、それに対して反抗心が湧き出るのは押さえ込めない、という事だったんじゃないかしら、と。

 

ボックスの治世ってそんな酷いもんじゃないんですよ。客観的に見れば。

生きるのにギリギリの水で留めるわりに、自分の要求するメシもシチューでカエルを変身させたグラベルと同じ内容で文句を言うこともない。

取引という事でいえば、そんな割の悪い話ではない。

ただ、目に見える形で命を握られているという不快は抑えようがなくて、一時的に水が涸れたことで、積年の鬱屈が爆発して、ボックスを後ろから殴りつけようという衝動になったんではないかしら、と思うのです。

 

殴りつけてボックスを排除したところで、水がふたたび湧くはずもないし、合理的じゃないんですよ。理屈で言ったら。

それでもなおボックスを殴ろうという気持ちになったのは

・水が涸れてボックスの魔法の万能性に疑義が生じた → 弱った今ならやれるかも

・ボックスは水とメシの世話の取引を自ら破った → 先に約束をたがえたアイツが悪い

くらいの感情で、今までの不満がいきなり爆発したんだろうな・・・と感じています。

目に見えない大きな力に人生を翻弄されるよりも、大きな力を持つ者に抑えつけられているほうが具体的な恨みとかは抱きやすいだろうし、ボックスと村との長期関係が今まで安定したものであったとしても、それはすごく危うい関係だったんだなと、そのように感じました。

 

あと最終的には魔法によって得られた水で村は息を吹き返すわけだけども、この道は果たしてよかったんかな、という疑問がちょっと湧いたり。

アンプルが目指した井戸を掘るという自助によって村を再生したのではなく、アリーテ姫とボックスの対決の副産物として湧出量の多い魔法の泉をぐうぜん獲得したに過ぎないわけで、ボックスを介在して得られていた不自然な水が、ボックスの介在なしに得られる不自然な水に変わっただけで、「不自然」である事にはなんら変わりはないんですよね。

ボックス抜きであれば「それも自然の恵みだ」と受け止めるのであれば、ちょっと都合が良すぎるんじゃないかなというモヤモヤがあります。

アンプルはたしかに村の再生という目標は達したので満足してるみたいだけども。

井戸掘ってみるけど出ないリスクとか考えると、不自然とはいえ生かされることの現実の利得の方が大きいからしゃあないのかしら?

気にするほどの事でもないのかもしれないけど、今引っかかってるのがそこなので、敢えて書いておく。

 

ボックスから与えられた不自然な条件によって生きながらえている事を自覚している大人たちは、だからこそボックスに対する鬱屈がたまっていたのだと思う。

だからこそ衝動的にボックスを排除し、不自然な条件も失われて水が涸れ、村が滅亡の危機に晒される中で村の大人たちはどう行動したんだろう?・・・そっちも見たかったような気がします。