afurikamaimaiのブログ

テキスト打ちのリハビリのはずだったが、今は路頭に迷ってる

今年はたぶん、来年よりもいい年です。

人生下り坂メリーゴーランド。

 

色々と気分のクサクサするニュースが流れてくる。

つくづく貧すれば鈍するよな、って。

狭量であること、冷笑趣味であることが Cool Japan みたいな。

自分より低位にある人間が苦境に陥ったときに

そいつのことが気に入らないので、ってんで「ざまあ」だの「自己責任」だの言ってしまうのは吾の趣味じゃないし、イラッとする。

 

しかしまあイライラできるということは、まだ余裕があるということだ。

ホントに追いつめられたら、考えることも出来なくなるからね。

そういう意味では、たぶん何も考えずに福祉から零れ落ちる「かわいくねえ弱者」ぶっ叩いてる人の方が、ひょっとすると吾より追い詰められてるのかもしれない。

 

それでも

「かわいげのない弱者」

「生保もらってるくせになんか偉そう」

みたいに福祉の世話になってる人をぶっ叩くのはさ、なんかこう、品がないと思う。

世の中は弱肉強食だぜ! って達観するのもアリっちゃアリなんだろうが

「・・・たかだかこの程度のイレギュラーにも対応できないほど狭量なんか、俺たちの世界って?」

って疑問の方が、先に湧く。

福祉に縋ってくるってことはまあ、他にあてがないってことだろうし。

そこで可愛げだのなんだのとふわっとした受給資格を問うのは流石にどうだろうよ、と。

じっさいに相対してる人たちの感情としては

「こいつ助けたくねえな・・・」やら「この人にはもっと手厚い支援がしたい!」やら、そういう好みはあるんだろうけど、それはそれ。

 

現に対峙してるわけでもない外野が

「オマエの態度が気に入らないので、福祉切られてザマァ」

「自業自得」

みたいに得々としたコメントを叩きつけるのはホントどうかと思うんすよ。

 

短絡して、福祉打ち切った行政が怪しからん!! って攻撃するのも違うと思うけども。それ以上に「福祉切られてザマァ」みたいな反応に嫌悪感が湧く。

 

そこに娯楽を見出すには、吾にはもうちょびっとだけ心の余裕があるはずなのだ。

いろいろ切羽詰まってるかもしれないけど、誰かが落っこちていくサマを見て「ざまあ」とか感じてしまうのはあまりに惨めすぎる。

気に入らない奴であっても。

 

いずれ吾も追い詰められて。

吾と薄皮一枚ほどの差もない境遇の他者が福祉に頼ったときに「卑怯だ」って思うようになるかもしれない。

そいつがなんか気に食わねえ奴で、支給打ち切り喰らって右往左往してるのを見て「ざまぁ」って思うことに何の躊躇もなくなるくらいに神経が磨滅するかもしれない。

 

未来のことはさっぱり分からん。

 

けれども。

そいつが「カッコ悪い」と思える感覚は・・・出来れば、貧しくなっても忘れないでいたいものだと思う。

弱っちいのが、薄暗いところでさらに弱ったのをいたぶるのを目撃するのって、ホントにいたたまれない。吾も当事者になりかねない、性根の薄汚さを自覚するだけになおさらね。

 

この男たちの「可愛くなさ」を「ザマァ」って思ってしまう自分がイヤ。

いろいろ事情があるはずなんや。。。そこを想像できる度量のある人間になりたいんや。。。