afurikamaimaiのブログ

テキスト打ちのリハビリのはずだったが、今は路頭に迷ってる

肯定するのは自分たちだけにしとこう。

広げて、世の中に「俺が正しい」って言いだすとろくでもないことになるからね。

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かなりモヤッとする話ではある。

他の事案に際しての腰の重さ、口の重さに比べてまるで羽毛のような軽々しさ。

とはいえやるべきことをやっているという外形は間違いないので、これを責めるのもどうかと思う。

逮捕時点で人生終了、みたいになってるクソな現状の方はどうにかしないといけないし、そういう状況下で名前報道されちゃうということはあまりに辛すぎないか、と思いつつ。

でもやっぱり「平手打ちぐらいなんだよ」ってのには、ついていけないね。

いやまあ、そちらさんのご家庭の方針ならま、しょうがないんでしょうね、って思うんだけども。

「みんなやってるよ」みたいな言い方は止めようよ。大人として。

子供ぶん殴ってるのはお前であり、ぶん殴られてる子供はお前の子供である、という一対一の関係は忘れないようにしようよ。

徹頭徹尾、殴るのは自分だということ。

殴られてダメージを受けるのは、自分の子供だということ。

この辺は逃げようのないリアル。

「そうしなきゃダメだったので殴った」という言い訳は立つけれども

お前は殴ったし、子供は殴られた、その事実はぜったいに消えない。

それが最適解である、という確信を自身が持つのはいいけれど、子供に押し付けてはいけない。

子供がデカくなって、子供(お前から見た時に孫)が出来たとき。

子育てで同じようなシチュエーションにおいて、子供は「殴らない」という選択をするかもしれない。

お前に殴られた、という事実が、子育てにおいて最適解ではない、という判断を下すかもしれない。

お前は不快になるかもしれない。

自分が正しいと信じて殴った子供が、その調法を継承しないのだからいい気分はすまい。

しかし、子供ももはや人の親である。

自らの子育ては自らの意思でやる。

そこにおいて「ぶん殴らない」という戒律を採用したとして、たとえお前は親であっても介入できない。

お前が「ぶん殴る子育て」への介入を阻止したのと同じロジックで、子供は「ぶん殴らない子育て」への介入を抑止する。

 

子供いないからわかんないけど。

弟と父親がちょびっと揉めてたのを見て不意に思いました。

 

心情としては殴らない子育て寄り、だけども

殴られて育ったところでたいして道を踏み外してない(けど、親が望んだ通りには育っちゃいない)ので、「まあ好き好きにどうぞ」と思いつつ。

 

「子育てに・・・ぶん殴りは必須だぜ!」

 

まで言われると、イヤちゃうやろ、って思う。

けど・・・親に殴られ、親の望んだとおりに育った、そんな自負のあるお前だけが、お前が全てを引き受ける覚悟で、子供をぶん殴る分には文句言えないよなぁ。

*1

 

 

とはいえ、加減を知らずに殴ってころすのを抑止する意味で、世の中が介入するのは良い話だな、と思っているので、このニュースは基本的には肯定したい。

 

親は名前晒されてすっげーショックだろうけどね。

名前晒されるのは可哀想だから、多少のぶん殴りはお目溢ししよう、ってなるより

こういうので捕まったらそれで一発退場とかいう空気の方をどうにかしたい。

まずは、逮捕歴があるだけで偏見持っちゃうような器量のない自分に終止符を打ちたい。

最低限、せめて大っぴらにそういうのを出さないような人間になりたい。

*1:殴られて育つと、殴られないで育つという環境があまり想像できないのよね。 

たぶんそっちの方がいい、というのは感じつつ、それで自分がちゃんと育っただろうか、となるとあまり自信を持って言えない。経験してないので。 

ひょっとしたら両親ともに 

殴らなかったらこの子供(俺)は親の思ったとおりに育っていたのかも。 

と後悔してるかもしれないが、そこは聞くのが怖いので不問に付す。 

とりあえずお天道様に顔向けできないような生き方はしてないようだしまあいいや、というところで妥協しておいてほしい。