afurikamaimaiのブログ

テキスト打ちのリハビリのはずだったが、今は路頭に迷ってる

火星13

って聞くと「雷電に積んでた奴か」って思う程度には昔の飛行機が好きである。

今朝は驚いたけど火星13じゃなかったみたいね。

しかしなかなかドラマチックだった。

不意打ちってこんな感じなのかと。

実際に警報が機能した時の雰囲気ってあまり想像してなかったけど、何だかふわふわした感じだったな。アナウンサーが連呼してる裏で、今頃ずいぶん遠くをミサイルが飛び越えてるんだと想像して、もしこれが落ちてきたらどんな感じなんだろうねと。

家を出るときもなんか微妙にいつもと雰囲気が違って感じられた。

今視界にあるアレコレも何かの拍子に壊れるんかもしれない、というのがちょびっとだけ現実味のある話のように思えた。たぶん錯覚だと思う。思いたい。

 

空襲警報が日常茶飯事だった頃に生きてた人も、こんな感じだったんだろうか。

今目の前に見えているものが不意になくなるかもしれない、みたいなことを考えながら毎日過ごしてたんだろうか。それとも最初はビクビクしてたけど、いつの間にか慣れてしまってたいした感慨も沸かなくなってたりする?

 

フィクションで「空襲がどんなもんだったか」ってのはいろいろ描写されてるけど、本当のところの当時の人の反応ってのはいまいち想像できなかった。ミサイルと爆撃機ではずいぶんと趣は違うけども、空から降ってくる盛大な厄介者であるところは変わらないだろう・・・と思う。

 

初めての空襲警報を聞いた後、幸いにも何事もなく終わった後に空を見上げた人たちの気分はどんなだったんだろう? 今朝の吾みたいななんとなく居所の無い気分を味わったんだろうか。

空振りが続けば、あるいは被害も続けば慣れるものかもしれないが、知識としては知っていても、まったく心構えも出来ていないところで警報聞いて空振りだった時の気持ちはどんなものだったんだろう? けっこう気になる。

 

頭ではまったく別の地域の事だし、特に自分が今すぐどうこうなるという話でもないのになんとなく足元がふらつくように感じられて仕方のない朝でした。

寝覚めにいきなり大ニュースを見ちゃったせいで動転しちゃってたせいもあるかもしれない。