afurikamaimaiのブログ

テキスト打ちのリハビリのはずだったが、今は路頭に迷ってる

俺はいいけどナンシーがなんて言うかな?

いっぱいバイアスを自覚したうえで。

ninicosachico.hatenablog.com

テレビのマツコって月に一遍「マツコの知らない世界」で見るか見ないか。

なんでどれくらい酷いのかはっきり理解してない。

「北の桜森」の番宣で来てた大女優との絡みは割とうーんって感じだったけど。

 

「その枠(常人外のなにか枠)だから許される」ってのに慣れ切って、枠の中にいることのメリットを存分に享受するようになっちゃったのかしらん?

 

マツコと中村うさぎの往復書簡を読んだかぎりではそんな印象なかったんだよね。

「常人の埒外にいるために、存在そのものがスルーされるのツラあじ」としつつ、心の叫びを咆哮しつつ、(常人から見て)何か得体の知れない存在だからこそ、あれやこれやの振舞いが許されてるのを自覚してる感があった。

で、それを自覚したうえで、そうした「『常人外』枠で括られた中で語りうること」をのみ語るのは拒んでいたように思ったのね。

「(おそらく)母親が思ったような育ち方をしてなくて、一方で自分はそれでいいと思っていて、しかしそんな自分を母親が許してくれるかどうか」

なんて悩み、「枠」を超えてわりと普遍的な悩みでしょ。

マツコほどじゃなくても、吾もぼんくらな感じできっと母親の期待と外れた方向に育ちあがってしまった自覚はある(なおあんまり気に病んでない模様)んで、

「母親にいまの自分を誇りうるかどうか」

って問題で深刻に悩んでるマツコはなんかこう、励ましたくなった。

性嗜好の違いとかどうでもよくて、なんかダメ息子として分かる! って思った。

 

その後母親とはきっちり折り合いつけたのかどうかは知らん。

ただ、露出増えてもう母親にバレバレじゃねーか、ってうさぎに突っ込まれても、それでもまだ母親にきちんと向き合って白状できてねえ、ってうじうじ悩んでた頃のマツコと比べると、今ときどきTVで目にするマツコってちょっと違和感を覚える。

 

なんだろう。

 

往復書簡の中のマツコは、枠があることに自覚的で、その枠の中だからこそ言いたい放題なことにも自覚的だったけど「『常人外、という枠』に収まる」ことは拒絶してたように思うのね。枠を利用してTVで発信できるポジションにいることは理解してる。だからその枠に求められる需要は満たしつつ、個人としての主張も織り交ぜていく、絶妙なバランスを目指してたと思ってる。

 

けど今のマツコは元記事を読むかぎりでは、世の中が「訳の分からん女装オカマ」に求めてるキャラクター性をそのまま露悪的に発現しすぎてるような気がする。

 

「けっきょくお前ら常人は枠の中に押し込めて、素のアタシを見てねーじゃねーか!!!」(大意)

 

ってうさぎと一緒に絶叫してたマツコがまさかなぁ、と思いつつ、あんまり熱心に見てないけど、最近の「マツコの知らない世界」見てるとそう言われれば…ってうっすら否定できない感じのもある。

 

枠を利用しつつ、もっと素のアタシを見ろ!!!! て言ってたはずだったのだが

「枠そのもの」になりきってしまってるのなら残念なんだけども。

TVの作法が染みついて、求められるように振舞うヤバさへの嗅覚が鈍ってしまってるのかしらん?

どぎついセクハラが許されるのでやりまくる、ってのはまさに常人が「そのスジの人たち」に持っている偏見そのもののステレオタイプをトレースしてるだけだし、それマツコがやりたがってたこととは真逆だよね、って思うので程々にしていただきたいが。

もう修正は効かんのかしらね。

こういう形で、

「ほかの誰でもいいけどたまたま枠でデカい面してるのがマツコだったから」

って消費されるのはもったいないと思うのだけどな。 

 

超弩級

超弩級

 

 

ナンシーだったら、今のマツコ見てなんて言うだろう?

吾は「枠に放り込まれた人」なら誰でもやれることをやってるマツコは見たくないぞ。

常人の外側は、そういう形でしか生きられないのがTVなのだ、と言われれば、また絶望が深くなるけれども。

 

※追記。

anond.hatelabo.jp

感覚としてはこの増田の感覚がいちばん近いかも。

ちょっと刺々しいけど、マツコを「どこか枠にはめて消化しようとしている」きらいは両方のベクトルにあるんだろうな、と。

 

一晩経って思ったけど。

 

吾にとってのマツコは「物書きのマツコ」って入り口だったのが、今回の語られ方への違和感の元なのかも。

文字ときどき静止画(「超弩級」では文字ばっか)ではその異物感はあんま伝わってこなかったから、TVのマツコは異物であることを前面に押し出しすぎてるように感じられるのかもしれない。

うさぎとの往復書簡でも「俺の戦場はTVや」っつってたからしょうがないのかもしれんけど、テキストベースの方が素のマツコが感じられる気がする。

TVだとただでさえルックスで誤解の入り口をドカンと広げる上、「その業界の代表的アイコン」としてマツコを消費したがる不特定多数の皆様がおるわけで。

それらの需要に応えつつ、だが枠におさまらねえぜ、ってのはすごくしんどいと思う。それで増田の言うとおり

マツコのセクハラ気持ち悪く感じ始めたとしたらそれは、

単にマツコが疲れてて機転が利きにくくなってるだけ

 なのなら、仕事セーブするとか上手く負荷を減らしてほしいもんだと思った次第。

変なところで生真面目で融通が利かない印象があるので、ちょっと心配である。