10日ぶりか。
けっこう間が空いた気がしなくもない。
特に何があったわけでもないけども、祖母の一周忌で帰省してた。
しかし旅は疲れるね。
旅そのものの肉体疲労もアレなんだけど、中継地での神経の消耗が酷い。
なんで人ってこんなにたくさんいるの。
いっぱいすぎやろ。
車窓から眺める風景もいろんな人がにぎやかに往来しててそれがまた辛い。
辛いというか、頭がいっぱいになってしまう。
ここに集まってるホモサピそれぞれが
みんなまったく別の人格を持っていて、
まったく別の目的でもってここにやってきていて、
そしてまったく別々の場所へと帰っていくっていう当たり前のことがしんどい。
行き来してる人たち、そのすべてが意識をもって互いに擦れ違っているんである。
もろちん自分もその一人。
こんだけの人間がごみごみうろちょろしながら、それぞれの人生を背負って生きているのだというのは当たり前なんだけど、一度考え出すともう辛い。
一つ一つはバラバラなのに、全体になるとなんでこんなに秩序だってる感じで流れてるんだというのがこうね、居心地が悪い。
たまに定点観測カメラとかで撮影した交差点の早回しのシーンとかあるじゃないですか。
あれもすごい秩序だってるなぁ、って思うけど、そこに映ってる人それぞれなんてのはあまり意識しないのに、車窓を通して眺めるヒトやクルマの流れは何故か、意識してしまう。
ふだんも街中に居るのは居るんだけど、こういう風にバラバラの目的で集まって分かれてという集団の中に紛れるのと比べるとストレスがない。
仕事という形で、ある程度目的が重なってる安心感も大きいと思う。
駅になるとまったくバラバラだからね、
たまたま同じ時に同じ場所にいただけの赤の他人だらけ。
そんな赤の他人が自分と同じようにどこかに行こうという意志を持ち、そしてその意思に沿って動いている結果、ココで自分と擦れ違っているんだということそれ自体がなんとも浮足立つ感じがする。
とにかく自分以外にも意志を持って動いているホモサピがこれほどまでに大量に居る、というのを目の当たりにするのは本当に圧倒される。その事実を受け容れるのにとても神経を消耗する。
こういう時、自分はとことん人間が嫌いなんだなあ、と痛感する。
なんなんだろうね。
距離を隔ててれば人の考え方もそれぞれだよね、って思えるのに、あまりに近いと言葉を交わしたわけでもないのに擦れ違っただけで距離を置きたい、ってうっすら嫌悪感が湧いてくる。
吾ながら神経質すぎる。
実家はほどよく過疎、もとい一般的な意味ではだいぶヤバみのある過疎ではあるんだけど、あれくらいの人のまばらさが吾には心地よかった。
他人がほぼほぼ視界に入らないくらいの距離感で、それでいて仕事には困らない、そんな場所に行きたい。
いつも以上にとりとめのない文章になったけど、まだ疲れが残っているからかもしれない。来年には復活すると思います。
※帰省途中に読んでた奴。出てくる奴ぜんぶ最高に気持ち悪い。
この気持ち悪さも居心地の悪さに拍車をかけたかもしれない。2巻まで出てます。お奨めは…しないかな。