afurikamaimaiのブログ

テキスト打ちのリハビリのはずだったが、今は路頭に迷ってる

自分の機嫌を取れるのは自分だけ。

年を取ると世相についていくのがしんどくなる。

何者にもなれなかったとかはてな界隈ではいっぱい騒がれてたけど

何者か、ってたぶん、ひとかどの人物っぽいニュアンスだよね。

どんなかたちであれ、相応に世の流れを引っ張っていけるだけ影響力を行使しうるものになれなかった、という後悔でいっぱいの初老の群れを尻目に、こっちはマジョリティが当たり前のようにくっついていってる世の流れに引き離されないようにするのがやっとだったよなぁ、って感慨が浮かぶ。

年齢的にはほぼ同世代の悩みなんだと思うけど、他人事感がすごい。

いっつもきょろきょろしてたからな、世の中に合わせようとして。

 

それもしんどくなった。

ヒトっぽく過ごすというのがキツい。

興味の及ぶ範囲で乗っかることが出来る。出来るけどもそれが続かない。

そのバイタリティが乏しい。

それでも興味の対象を次々に移していくことで世の中にくっついていってるという感じはあった。対象を移行するのもさほど消耗しなかった。

年を経るにつれて、「なんか合わないな」という理由で最初から手もつけずに拒絶する傾向に拍車がかかった。

まだ若いうちは「世の中で流行ってるし」「話についていくため」という動機でもってとりあえず触れてみるくらいのことはした。

それくらいのニワカでも、実際に触れてみれば「けっこうおもしろいじゃない」と思えるネタはいくらもあった。だから触れもしないで先入観で回避している今の傾向は、良いものではないというのは自分でも感じている。

それでもあえて食いついていこうという気持ちが湧かない。

ハッキリと「俺はこれが好き」と言えるほどの確固たるものもない。

これは世の中が悪いとかじゃなくて、加齢によって衰えた自分が悪いんだよな。

まず間違いない。

世に流通するネタの傾向が自分の肌におおむね合わないにせよ、それでも全体としてクソ、ということは有り得ない。

そうであったならば、それほどに世と相容れないものを感じていたのであれば、もっと早い段階でイラつきマッハで何らかの暴発をしてただろう。

それもなくユルユルと今まで馬齢を重ねてこれたのは、

「まあ世の中面白いこともけっこうあるしな」という実感があったからだ。

 

何の話か。

さいきん、すごいイキオイで世の中とかに対する興味が薄れていってるのが分かる。

以前からその兆候はあった。

興味をもって読みはじめた本とかでも途中で投げ出してしまう頻度が激増した。

読了できる本がどんどん減ってる。文字を追っても中身が全然入ってこない。

興味がないんだよね。大嫌いな教科の教科書と一緒だ。

あの感覚にものすごいそっくり。あれは強制されて仕方なくやってたから、まだ言い訳のしようがあるけど、自分で興味を持って手にとった本ですらこうなるんだから、相当ヤバい。

数冊程度なら「たまたまこの本がクソだっただけだ」と思えるんだけど、ここのところ、どんなジャンルの本や漫画や映画に手を出しても最後まで読めない、見通せない。

どう考えても俺のほうの問題である。

他人様にケチつけてどうにかなる問題じゃねえ。

 

どうしたもんか。

周りに興味を持てるものがないのなら、自分で作ればいいじゃない?

そんなことすら思う。

傲慢だな、と自覚してるけれど、けっきょく自分の機嫌を取れるのは自分しかいないのだから、それも一つ、アリなのかしらん、と今は感じています。