afurikamaimaiのブログ

テキスト打ちのリハビリ

今週のお題

書くことないのでブログチャレンジを続ける。

今週のお題「もしも魔法が使えたら」

とのこと。魔法か・・・そもそもこのパソコンも魔法みたいなもんだよなぁと思う。

 どういうカラクリで動いているのか分からないけど、何か便利に使えてしまってるけど、科学の裏打ちがあるので魔法じゃないんだろう。
科学で魔法っぽく見えることが出来ちゃう世の中なので「魔法でしか出来ないこと」ってなんだろうな、としばし悩む。

例題としてあった「動物と話が出来る」に関しては、部分的に「ばうりんがる」とか
「にゃうりんがる」というジョークアイテムが達成してたようだし、もうちょっと背伸びすれば科学の力でいけるんじゃね? と思うし、そうなると使ってる人にとっては魔法に見えても科学の裏打ちがあるからけして魔法じゃないよな、と思ってみたり。

ミャウリンガル ブラック

ミャウリンガル ブラック

 

 

 

バウリンガルボイス グリーン

バウリンガルボイス グリーン

 

 もうずいぶん古い製品なんですね・・・10年以上前とは思ってなかった。

 

それはさておき、ぼんやり考えても魔法でやりたいこと→既に実現してる、みたいなことが多くて想像力が乏しい人間にはなかなか難しいお題です。

時間旅行なんかも思いついたけど、これは魔法よりもSFの世界のような気もするし。

いやそもそも何かを実現する手段として「魔法」と「SFっぽい科学」を分ける必要があるんだろうか?

過去に戻る魔法、未来にすすむ魔法とか、禹歩とか、他の動物に変身しちゃう魔法とか、別に魔法に依らずともそれを可能とする技術があれば、そっちでいいんと違うの?

みたいな。

 

そういった次第なので、今回思いついた「もしも魔法が使えたら」やりたいことは

「魔法ではなくては出来ないことを魔法で探す」にしたいと思います。

 

魔法とそれ以外を峻別する境界を魔法側から探るのはちょっと面白いのではないかと妄想する。

あまり多く魔法物の創作物を知っているわけではないけれども、魔法を使えない側から見たときの「魔法」の描写は良くあると思う。

いっぽうで「魔法を使える側」は、色々便利に過ごしてるだろうけど、何が魔法であって何が魔法でないのかをきちんと区別してるんじゃないかと思うのでその基準をちょっと体験してみたい。

お題スロット

お題「ブログ名・ハンドル名の由来」

ブログチャレンジ というのがあったのでこれに沿ってちょっとやってみることにしました。
以前から編集画面の

<NEW>【お題】もしも魔法が使えたら?お題スロット×

という奴が気になっていたのだが、お題スロットって【お題】スロット ではなかったんですね。
「ぱちんこもパチスロもやらないぞ」ってスルーしてたけどそういう意味じゃなかったって今さら
気付きました。もう1年(もっとも、その間放置が10ヶ月くらい)になるのに不覚です。

スロット回してみて一発目に出て来たお題で書く、みたいな縛りがあったほうが書く上では練習に
なるかともおもいましたが、最初に出たお題が「ちょっとした贅沢」で何も思いつかなかったのでもう一回回した結果が、冒頭のお題です。

ブログ名とハンドル名の由来ということで・・・
ブログ名はハンドル名からとりました。
ハンドル名はアフリカマイマイから。
食えるでかいカタツムリということでちょっと話題になってたのを思いつきでそのまま使ったのが
結果としてこうなったという感じだったと思います。
連絡用でメールアドレスを急に作らなくちゃいけなくなって、その場で思いついたのがこれ。
たぶんTV番組で世界のゲテモノを食らう、とかそんなテーマのバラエティをちょうどみてたか覚えてたかですぐに頭に浮かんだのがアフリカマイマイだったんですよね。

今ではもっと偏見抜きに食ってる面白いブログが見つかる。

アフリカマイマイは普通に食える | ざざむし。

(あれっ俺アフリカマイマイのスペル恥ずかしい間違いしてる?)

特に意味はなかったんですが、後からまじまじとみるとこのアフリカマイマイの殻はえらい固そう
です。ホントにカタツムリかよって感じの質感。
サンダルで踏んでも壊れなさそうなイメージ。
カタツムリはついうっかり踏んじゃうと可哀想なことになっちゃうけれども、これは生き延びそう
なカッチカチの殻でそこが印象的ですね。
せっかくハンドルネームにしたのだし、カッチカチな頑丈さは見習いたいですね。
感性や精神は加齢の影響もあってカッチカチになってきてるのを、軟体動物らしく柔軟にしていく
方向でゆるゆる頑張りたいな、と思います。
見た目は大人、中身は子供! っていう漫画のようなライフを目指すよ。

スズメ

ブログにUPした後に記事を見てみると、ちょっと行間が変な感じ。
もうちょっと一文を短くしたほうがすっきり見えるのでしょうか?
うちのPCだとなんだか変なところで改行が入るように見えるだけなのかしらん?
どちらにせよちょっとストレスではあるので、なるべく短く区切って書いてみようと思います。

それはさておき。
晴れたんで通勤途中ちょっと地べたの近くをみながら歩いてみました。
つい最近カラスに襲撃されたことがあるので、ちょっと上空を警戒しながらゆっくり歩いてみる。
相変わらずキッタナイ声でカラスが鳴き交わしてますけど、今日は攻撃されませんでした。
カラスの声ってほんとキッタナイですね。あれほど神経に触る声が出せる鳥はそう居ないのでは?
ギャアでもカアでもなくグォウって感じの声で鳴いてる。威嚇してるんだろうか・・・。
たむろしているカラスも襲撃してこないのでカタツムリ居ないかな、と探してみたけど居ません。
かわりに目につくのがスズメ。
いつもは気にしなかったけどけっこう居るもんですね。
よくよく眺めるところころと太った奴が居たり、ちょっとシュッとした奴がいたり、
バリエーション豊富です。地味な色してるけど体色の白のアクセントがいい感じ。
首の周りが毛羽立ってる奴もいれば、ちゃんと毛並みが整ってる奴もいたり、これは年の差かな?
もうちょっとじっくり眺めたくなりましたね。

四十雀のほうが色は鮮やかで好きなんですが、スズメもよく見るとなかなか個性的です。
鳴き声はあんまり個体差を感じなかったけど、もうすこしじっくり観察したら違いが分かるかも
しれません。
人に馴れてるのか、手を伸ばせば届きそうなところまで近づいてもギリギリまで逃げない個体も
居たりして面白い。餌をもらえると思ったんだろうか?
近づいても逃げない分じっくり観察できたけど、好みのシュッとした体型じゃなくて丸々とした
小太りスズメだったのが玉に瑕。
人間に馴れてるやつはそれだけ餌をもらえる機会が多くて太ってるのかもしれない。

どれも同じだと思ってたけど、良く見ると違うもんです。
すごく些細なことですが注意を払わないことで見落としてることってすごいたくさんあるんだな
と実感した次第
(スズメの個体差が注意を払わなくちゃいけないことかどうかはともかく)。

休日

すること、しなくてはいけないことはいくらか溜まっているのだけれど無為に過ごす。
どうもこの頃、以前よりもさらに目の前にやらなきゃいけないことがあるのに、なかなか取り掛かれない。
以前から不精者ではあったけどさいきんはそれに輪をかけて酷くなった感じ。
自覚できるレベルでこのような感じだから、端からみたらずいぶんと怠けるように見えているかもしれない。
ごめんなさい。
このやる気の起こらなさは加齢によるものなのかしらん?
体調そのものに大きな変調は感じないのだけど、疲れやすくなったとかあるのかな・・・
それほど過酷な負荷をかけなくなって久しいので、自分の体力の限界というものを認識できなくなってる。
いっぺんギリギリまで負荷をかけて、若いころよりどれくらい体力が落ちているのか確かめたほうがいいのかも。
やりたいことをやる気スイッチが入らないのはしょうがないにしても、
やらなくちゃいけないことをやる気スイッチまで入りにくくなったのは我が事ながら辛いです。

「やりたいこと」のほうは漠然としてて自分だけのことだったりしたので、目の前の安逸に流されて
明日からやればいいや、と先延ばしにしているうちに漠然とした欲求も薄れてやる気も消えるのが常だったけど
「やらなきゃいけないこと」のほうはハッキリしてて他人にもかかわる話ですからね・・・。
もっとシャキッとしなけりゃいけないと分かってるのだけれど
まだ間に合うし、とか まあダメならダメで頭下げれば・・・、とかそういう後ろ向きに流れがちです。

思いついたのだけど、試験受ける手前でボロボロの模試が出た、んで諦めたことのダメージがまだ続いてるのかな?
以前よりも打たれ弱くなってて立ち直るのにだいぶ時間がかかってるということなのか?

何はともあれ、こうやってつらつら書くことでなんとなくどこに躓いてたのか分かった気がする。
ずっとモヤモヤしていてもしょうがないので、切り換えていく気持ちだけは持って行こうと思います。
じっさい行動に移るまでがまた長いんだけどね。
内心の決意と行動の発起までにはものすごい距離がある。のんびり埋めていきたい。


話は変わって何もしなかった今日はこれ読んでました。

 

無能の人・日の戯れ (新潮文庫)

無能の人・日の戯れ (新潮文庫)

 

 

 

昔から断片的には読んでたのか、収録中の「魚石」と「無能の人」の一部はちょっと見た覚えがあるようなないような。
内容とかはかなり有名な漫画家さんなので端折って言うと私小説みたいだ・・・って話なのだけど、こういうのよりは同時に読んだ貸本時代の

 

蟻地獄・枯野の宿(新潮文庫)

蟻地獄・枯野の宿(新潮文庫)

 

 

 

こっちの方がずっと面白いな、と思いましたよ。
タイトルには入ってないけど、収録中では「盲刀」がいちばん面白いと思いました。次いで「蟻地獄」
無能の人」は身につまされる部分もないでもないけど、なんだかフニャフニャした悲喜劇な感じなんだけど
貸本のほうはキッチリ娯楽に振っているという感じ。
こっち方向で進化した方が面白かったんじゃないのかしら? 他のも読んでみたいですね。
ねじ式(背景にB29が飛んでる奴)はどっち側なんだろうか・・・絵柄的には私小説風味の方なのかしら?

 

 

 

昼からずっと雨が降り続いていた。
ようやく小雨になってきた感じだけれども、これほど長い時間降り続いたのは久しぶりだと思う。
これくらいが梅雨らしいっちゃ梅雨らしい。今まで晴れが続きすぎた。
梅雨で思い出したんだが、こっち(広島)じゃトゲつきの平ぺったいカタツムリぜんぜん見かけない。
カタツムリを見かけることじたいあんまりないのだが(これは注意深く見つけようとしてないのも大きいと思う)、
それにしても見かけるのは普通の奴ばかり。
田舎にいた頃、まだ子供のころには、普通のカタツムリとちょっと変わった奴(トゲつきの扁平)がほぼ1:1くらいだったような?
南の方の固有種なんだろうか?
と思って検索してみるけどなかなか見つからない・・・
なんでしょうね、上手いこと検索につながる語を見つけられないのが本当に腹立たしい。
さいきんは画像検索もあるから「カタツムリ トゲつき」程度でもそれっぽいのが見つかるんだけど、これじゃないんだよなぁ・・・

で「扁平 カタツムリ」で見つかりました。オオケマイマイ(ありがとうgoogle画像検索)。


http://www.insects.jp/kon-maimaiooke.htm

生息域としては広島も普通に居るはずなんですね・・・観察が足りないのか。
明日はもうちょっと視線を落として外を歩いてみようかしら?

子供の頃は視線が低いので、見ようと思っていなくても見えるんですよね。
葉っぱの裏にくっついて固まってるカタツムリとか、地面に落ちて白化した奴とか。
そうやって中身がなくなって脆くなったカタツムリの殻を端っこのほうから剥いでいく、砕いていくのがちょっと好きでした。パリパリ感が。

カタツムリのナメクジ部分が出入りする入り口の方がいちばん薄くて、摘んだだけでパリッと砕けたり剥がれたりするのが癖になったんだと思う。
今でも爪切ってるときにしくじって残った端っこの爪を毟ろうとすると、吊られて爪の薄皮がペリッてめくれる事があるけど
あの感覚にやや近いだろうか?・・・違うか。

変な手触り、くせになる手触りなんですよね。

思い出したらまたちょっと拾って砕いてみたくなりました。

紹介文

続けようと決意してすぐにネタに詰まる。
ブログ書くことが生きてることってわけじゃないですけど、丸一日生きてて書けそうなものが一つも見つからないというのは・・・なかなかヤバイことではないかな、としみじみと思う。

入力が少ないからこうなってるんでしょうね。
あるいは、外からの入力はあるけれども鈍磨なアンテナがまったく無反応のため出力のしようがないとか。
おそらくその両方ですか。

それは措くとして、たまに出力してみたい、書きたいと思うのでけっこう多いのが
見てよかった、読んでよかったみたいな映画や本の紹介だったりするのですが、これが難しい。

語彙力が足りないせいで、モヤッとした感じの説明になるか、簡単な単語の羅列になってしまうのです。
極端に言えば
「すごかった」
「迫力があった」
「綺麗だった」
おわり。

みたいな何も伝わらない文章にしかならない。もしくは
ネタばれを避けるあまりまったく説明してないみたいな文章になるか。
以前、「村上龍の『コックサッカー・ブルース』ってどんな本なの」 って聞かれたときに

「オッサンがSM謎の美女にクスリ貰ってやばいことになる話」

のようなクソの役にも立たない紹介をした覚えがあります。
これではあまりにも伝わらないので、聞いた相手が非常に怒ったので印象深かったんですね。
(他にも伝えきれずに失敗することは多いのだが、大抵の場合は流されるので、どんな作品をどういう風に伝えたのかも記憶があいまいになってしまっている状態です)。

文を書くことで生計を立ててるのではないから深刻に捉える必要もないのかもしれないけれど
もう少しどうにかならんかな・・・という気持ちはどうしても湧いてきます。
過去の記事でシンゴジの感想とかも書いてるけど酷いし。

・・・書いてる最中はまったく気がつかないけど、後から読むとあまりの酷さに萎えるのも
自分がブログとか挫折する理由の一つにあるのかもしれない。
もともと飽きっぽいのが大きいけど、どこか意識の底には
こんな恥なら書かない方がマシじゃないの、という思いもあるような気がしてきた。

それでもしばらくすると書きたくなるんだから不思議なもんです。
学習能力がないんだろうか? 疑問形ではなくたぶんないのだと思う。
あったらもうちょっと工夫して上手く書けるように練習するんじゃないかな。
それやらないままだらだら過ごしてきたんだと考えると、学習能力や、他人に上手く伝えたいという欲求はかなり薄いのだと思います。

さすがにそれでは少々拙いのではないか、と思うので適当な感想文の書き方指南のテキストでも参考にしつつ、何かしらの作品についての感想を書いてみようかな、と思います。

 

久々に書く。


司法書士試験を目指していちおう勉強を続けていたのだが、4月の段階で商業登記の記述式で全く歯が立たなかったあたりで心が萎えていた。
純粋に勉強時間が足りなかったんだと思うけども、覚えては忘れ、覚えては忘れの連続で特に記憶の抜けが大きかったのが商業登記だった・・・
イヤホント難しいですね。
実は受かってからウキウキで報告してみたい(ほとんど誰も見てないけど)
と思っていたんですが、そんな甘いもくろみが見事に崩れたのでブログ再開してみました。
ま、再開したところでとくに書くことはないんですけどね。
今回も「さて(とても試験受けられる成績ではないし)ブログでも再開してみようか」という気になってから実際にこれ書くまでにだいぶ時間がかかりました。
ほぼ1ヶ月くらいかな?
5月半ばにはブログ復活させたいなーと思いつつ、なにかしらネタはないかしらとアンテナ張ってみたのですが、錆びついたアンテナにはなにも反応しませんでした。
毎日なんて平板な暮らしを送っているのだろうかと、ひしひしと感じましたね。
にもかかわらず何か書いてみたいなぁ、という欲求だけはおさまりがつかないのでダラダラしてました。
我ながら、この感覚は何なんだろう・・・?
承認欲求とか、自己顕示欲とかいう奴なんですかね?
たしかにここまで書いたのを読み返してみれば
「イヤー勉強したけど試験だめだったわー」
っていうダメ自慢の方向の自己顕示欲の発露に見えなくもないですし。
ブログやってる時点で、多少なりとそういう欲は人より多めにあるのだ、ということには自覚的になった方がよろしいのかもしれません。


しかしこうして書き連ねることで
「書くべきことはなにもないのに書きたい」という
何となくモヤモヤしたものはちょっとスッキリしたので、これからも益体のないことを書き連ねてみたいと思います。
過去は文章の練習のつもりで書いてましたが(そして一ヶ月持たずに挫折してましたが
今度はちょっと続けられるといいな。