afurikamaimaiのブログ

この道は行き止まりだ。引き返せないよ。

互助会にかぎらず。

みんなが君はえらいぜかっこいいぜ

みたいに華やいでるところに、末席を汚すことになりますが…ってすんなり入っていけるのはそれはそれでド根性だと思う。 

 

互助会ブログのブコメは何であんなに気持ち悪いのか

ネガティブなことを積極的に書けとは思わんけど、みんながマンセーしてるところの「同じこと言えよ?」の圧に合わせて当たり障りなく書き込むのもそれはそれで才能だが、そこまで自分を殺してはいけないと思う。

2017/11/05 20:05

 

まあ褒めたい人がいたとしてだ。

みんな褒めちぎってるし、いまさら乗らなくってもいいかな、って思う。

というか、10以上のコメントがあってその全部が「いいね!」みたいな感じだったら

「ここはやばい」みたいな緊張感がわく。

 

見るからに説得力のあるブログの記事でもさ、あえて自分にだけスポットが当たるように賛意ではなくネガティブなことを書いて目立とうとするホットガイがいるじゃない。

 

アレは見てると「ああバカだなぁ」って思うんだけど同時に

まったくネガティブなコメントも届かない記事というのも居心地が悪い。

キレイゴトすぎんよー、って。

 

何なんだろうこの気持ち。

ネットというのは殺伐としていて、正論であっても、反対論をぶってブロガー殴るやつが一定数居ないとおかしい、みたいなことを感じてしまうように偏見があるのかも。

 

逆張りモブが湧いてこそ説得力がある、みたいな倒錯。

 

こういうことを思い浮かべるようになると、自分の底意地の悪さがよく分かる。

改めたほうがいいと思うが来世の課題にしておく。

 

もっと素直に。

もっとやさしく。

 

ネットはきれいなところです。

考えがまとまらないから

今週のお題「私がブログを書きたくなるとき」

 

書かないと捕まえきれない気がする時、書くようにしている。

ふらふらふわふわしてる上に脈絡のない思考が次から次に湧いてくる。

一日中ずっとそう。

雑念も妄想もいっぱい増える。

 

そんな中でも一日、ずっと心に引っかかってた事を書いておく。

引っかかってるってことは結論が出せないor納得がいかない、という事なので、

あんまり断定的なことを言わないようにしている。

何しろ、ブログ書くのに当たってちゃんと資料当たってるか、って言うとそうでもなくてちょろちょろ調べて「こんくらいでいいか」という適当なところで書いてるので、議論に耐えるものではない。

基本自分のことを棚にあげるブログなので、世の中や誰かに文句は言うけど断定的に追い込むような物言いはなるべくしないように気をつけている。

 

ときどき筆は滑る。

その辺も棚に上げる。

とはいえ棚も金剛石で出来てる訳ではないので、上げすぎると重みで自壊する。

ここまでは棚に上げてもいいだろ、というは常に吟味しながらやる。

 

けっきょく、自分が気になった事の備忘録、でしかないのだよな。

で日記にしないのは何でか、ということになると

ブログだと外側につなぐときに一番ラクだから。

ある程度は自己顕示欲とか承認欲求もあると思うけど、それなら

1~10PV/日

な現状をもう少しはどうにかしようと工夫するだろう。

それをせずに書いてるってことは、自分のために書くというのが最優先だということ。

 

※とはいえ読んでくれる人には感謝でございます。

こうしただいぶユルイ感じで自分優先で書いてるので、以前書いてたことと違うこと言ってるぞ、みたいなことはしょっちゅう起こるかもしれませんが、昔とこれからの意見が変節しているのならば、それはきっと少しずつ吾の智慧が進化してるんだと思います。そのように自己暗示をかけておきます。

 

これからもよろしくお願いします。

チェゲバラは怒りっぽい。

もとい常に怒ってる。


阪本順治監督×オダギリジョー/映画『エルネスト』特報


オダギリジョーが“もう一人のゲバラ”に 映画「エルネスト」予告編

 

みてきた。

うーん・・・微妙。

題材がちっと地味すぎたかな?

ってのもあるけど、なんか淡々としすぎてる。

もうちょっとこう、もうちょっと盛り上がらないかなって。

繋ぎ方が微妙というか、この映画の軸になってるのはこれや! って太いテーマが後ろに流れてるんじゃなくて、それぞれのエピソードぶつ切りにして時系列に並べた感じ。

ボリビア解放のために立ち上がったフレディ前村オダギリジョー)ってんならもっとこう、そのボリビア時代にちゃんと尺を当てようとかそんなことを感じた。

そうなると冒頭のチェの来日削る事になるかもしれないし、それはそれでちょっとやだな。

どうも上手く纏めきれてない感じがしました。

キューバとの合作だし、あっちで見たら話の前提は当たり前すぎる基礎知識になってるのかな?

そうだとしたら観客である吾の方の問題かもしれぬ。

 

気になった事。

オダギリジョー民兵になったときにはFALだったのに、ボリビア解放志願兵になった時にはガーランドだったっぽいのはなんでだろう?

持ち込めるのがそれだけだったのかな?

機関砲の操縦してるところ、見張ってるところはちょっとコントっぽかったけどいい感じ。

てかキューバの動員体制ってすごいのね。

あっという間にわらわらと民兵を動員できてた。

みんなそれぞれちゃんとユニフォーム支給されてたし。

オダギリジョーたちがエリート医学留学生から志願したから特別扱いとかもあったのかしら?

 

 

あとラスト!

エンドクレジットに入る最後のところ、ちょっと気にいらねえ。

 

「そこで止めんなよ!!!!!!」

 

って思った。

何故あそこで止めたのかわからん。

 

話としては面白かったんだけど、もうちょっと盛り上げる事もできたんじゃないかな?

けど大国の都合に翻弄される小国の、さらにちっさな個人の運命としてはこういうオチにしかならないだろうし、そこを曲げてスカッとした演出にするのもおかしな話だろうし、どういう風に描けばよかったんだろうか?

 

どうにもモヤモヤする後味の残る映画でした。