afurikamaimaiのブログ

テキスト打ちのリハビリのはずだったが、今は路頭に迷ってる

適用除外

心の棚は人に見せるもんじゃないと思うので、曝け出す人に出会うと困惑する。

自然体の人、とでも言えばいいのだろうか。自身でそれっぽいことも言っていたし。

 

たとえば。

「俺は悪気が無かったんだから俺は悪くない」

という心の棚があるとする(吾にはあります。でっかい奴。ベントレーも入るよ)。

 

しかしこれを表に出すのってけっこう恥ずかしいというか非常識ですよね。

まま出すとしても

「君には悪気が無かったんだね、それじゃ悪くないよね」

ってのと

「だから俺も悪気が無かったし、悪くないよね? ね? 見逃してもらえるよね?」

みたいな言外のバーターをぷんぷん匂わせるようなコミュニケーションになるんではないでしょうか? 

 

・・・ひょっとしたら「君は悪気がないから許す」というのと「同じルールで俺も悪気がないから許せ」っていうのをバーターにしない、常に人に優しく自分に厳しい清廉潔白マン、もとい清廉潔白パーソンも居るのかも知れないですが・・・寡聞にして吾は遭ったことがないので、ここでは除外します。

 

ところが自然体の人はここを軽々と飛び越えてくるわけです。

「俺は悪気がなかったんだから悪くないよ?」

「でもお前のやったことは(俺のと同じミスだけど)悪気がなくても悪いよ」

というロジックが飛び出すんです。

 

この跳躍。

この吹き抜ける風のような曇りなき自己正当化。

 

いっしゅん固まってしまいますね。

子供でもなかなか言わないです。

すでにして子供が「自然体の人」でなくなってるのかもしれないけど、「俺だけが免罪されるロジック」をなんら逡巡なく曝け出す子供というのにはお目にかかったことがございません。

頻繁に目にするのは

「ボクだけじゃないもんあいつらも悪いもん」

という共犯にともだちを引きずり込もうとする、あんまりよろしくない精神。

(吾も良くやるんでそれはダメだと本来は強く言えないんだけど、そこを棚上げするのが大人のずるいところだと思います。)

 

けど考えさせられてしまいますよね。

密告して共犯に引きずり込もうとする悪い子供がいる一方で

「色々あるけど、悪気はないから俺は適用除外。ほかは悪気なくてもアウトね」

ってすんなり言ってしまえる自然体の大人が居るわけです。

それに比べると子供の「俺も悪いけどあいつも悪い」式の思考のほうがまだ理解できるし、共感も出来ます。

いったい「自然体の人」というのはどうやってそのように育ち得たのでしょうか?

そこがすごく気になります。

 

「俺も悪いけど、あいつも悪い」式の発想はまだ、

 

自分と「あいつ」が同列に、同じ何らかのルールに準じている

 

という前提条件は崩れてない気がするのですが

 

「俺は悪気がないから悪くない、けどあいつは悪気がなくても悪い」式の発想は、そういう前提条件から解放されてますよね。自分だけ。

 

ワルモノなら、そういうもんだろうという事も分かるんです。

「俺は悪い事もやってきたヤンチャボーイだからおまえら怖いだろ?」

「俺のワガママきいとかないと、痛い目にあっちゃうぞ」

「俺とそんじょそこらの奴を一緒にしちゃ駄目だぞ」

っていうクズなりのロジックで自己を棚上げする事の理由付けがあります。

 

しかしまったくそういう背景のない「自然体の人」が何の条件もないままに

「俺はあいつよりは優遇されて、ルールの適用除外になるんだよ」

って主張するのは不思議。というか理解できない、理解が追いつかないです。

お前がそこまで自信満々に言い切る根拠はいったいなんなのですか、と。

 

社会に出て最初にそれ(自然体の人)に接したときには

「この人は吾の知らない、なにか優遇されるべき条件を有しているためにこのような振る舞いなのだろう」

という風に解釈していたのですが、どうもそうではないようです。

 

優遇して欲しいぞ、俺の心の棚を、自分を棚上げするのをお目溢し願いたいぞ、という願望は吾にもあります。たぶん人よりいっぱい。

 

ただそれを、

「俺が自分を棚上げするけど、それを君達も受け入れてほしい」

って曝け出すのには、かなりためらいがあります。

そこを軽々と飛び越えて、

「俺、自分棚上げする。君、それ受け入れる。これ自然」

みたいに振る舞える自然体の人にとっての「自然」は、吾にとっては凄まじく不自然な異物感しかないのだけれど、彼らとの充実したコミュニケーションを図る方法というのはどんなものなんでしょうか?

 

「自然」と付き合うことに不満と違和感しか沸かない狭量な吾といたしましては、自然体の人とエンカウントする前に回避する方法とあわせて知りたいところでございます。