afurikamaimaiのブログ

テキスト打ちのリハビリのはずだったが、今は路頭に迷ってる

マッドクロス。

 

そろそろサンタクロースが嘘であることを明示的に教えるべき - ココロ社

実に面白い。江戸しぐさは叩くけど、サンタクロースは別物、ってのは首尾一貫してないよね。

2017/12/19 20:53

 

これ指摘されるまでは気にならなかったんだよね。

江戸しぐさにはいっぱいイラつくけど、サンタクロースは別腹みたいに考えてたところある。

なんでだろうな…ってしばらく暇なときに考えてたんだが、結局わからん。

 

なんか教育効果を狙ってるところがクソい、ってのはサンタも変わらんし。

「良い子にはプレゼントあげるよ」ってこれ極端な言い方するとウマの前に人参ぶら下げてるだけじゃん、お前ら自分のカワイイ我が子をそんな風に扱っていいのか。

伝統だから、っていうけど、本邦ではサンタおもいっきし最初っから商売用に入り込んでたよな? 「この世界の片隅に」で見た。

江戸しぐさの商売好き好き風味とあんま変わらんじゃん。

 

でもなんでか、サンタはアリって思ってしまうんだよな。

好みの問題なんだと思うが、一体どこがサンタに贔屓してしまう根源なのか。

サンタと称する親にいろいろプレゼント貰ったそのご利益が染みついてるから

ホントはサンタじゃないけどサンタがくれたってことにして喜んどけばいいじゃん、みたいな打算が働いてるのかもしれない。

意識してないけど、人間の・・・もとい吾の心理の動きなんてたぶんそんなもんだ。

 

しかし。

そうだとすると、江戸しぐさからも何らかの余禄もらったら

「いやあアレはいいもんやで」

って言いだしかねないということでもあるのか。我ながらさもしすぎるのでそうではないと思いたい。

 

 

なぜサンタの嘘は許してしまえるのか?

打算抜きで考えると、たぶん、たぶんだけどうちの場合は、父親が子供に直接プレゼントなどするというのが気恥ずかしくて、その言い訳にちょうどいいのがサンタだったんではないかなぁ、と思うのだ。

今どきの父親がどうかは知らんが、うちの父親は気まぐれで大雑把で雑な割に照れ屋という中々めんどくさい人。

そういう人が子に何らかの愛情表現をするときの方便としてサンタってのは適当だったんだろうな、というのを忖度して「まあいいじゃん」という気持ちになってるんだと思う。

 

別に「いい子にしてなきゃプレゼントないぞ」とかいう脅しなかったし。

「サンタ居ないんだ」と悟った年からはもらえなかったし。

 

父親の照れ隠しの方便としての機能をもって、サンタは吾の中では「アリ」の枠になってるなと感じた次第。

 

これですべてのサンタにまつわる嘘が免罪されるわけじゃないけれども、吾の心の中ではサンタ許すよ、となってるのはこういう理由だと思う。

 

けどこれが

「サンタは絶対いるんだぞ」

「うちの子はまだサンタ信じてるのでサンタいない説流布するのはNG」

「サンタが居ないという夢を壊すようなことをしないためにみんなで協力して「いる」と答えるように口裏合わせしましょう」

 

みたいな流れになると途端にキモさがぶわわってなるけどね。

内々に消費する分には害のない嘘なんだろうけど、それが広がると外部からのヌルい圧になってしまう雰囲気はたしかにサンタにも感じるので、そこはどうにかしてほしいな、とぼんやり思いました。

 

江戸しぐさ

「芝三光おじいちゃんを囲む会」のちっちゃな規模の時はほのぼのしてたみたいなんだけども。

害のない嘘として出ても、ある規模を超えると一気に強毒化するのかしら?

サンタの毒に中てられることの少なかった吾は幸運だっただけかもしれませんね。