afurikamaimaiのブログ

テキスト打ちのリハビリのはずだったが、今は路頭に迷ってる

軟らかい檻。

「柔らか伊織」って変換候補が出てくるのは勘弁していただきたく。

どういうカラクリなんだろう。予測変換は大変ありがたいこともあるけど、

「そこで切るんじゃねえよ」ってところで変換してうっかりそのままにすることも多々あるので本当に勘弁してほしい。

「やわらか/いおり」ではない、「やわらかい/おり」である。

たぶんアレだな、前回のブログ記事*1で「伊織」って単語が打ち込んだのでそれを覚えてたんだろう。賢い機械だ。

そういう賢さは、ときどきホモサピにはもどかしいけどね。

 

別にたいして意味のあるタイトルじゃない、ふいに浮かんだだけのタイトルなんだがおかしな変換をされるので引っかかった。

しかしこういうおかしな変換って漢字仮名混じり文で読んだり書いたりしてる、日本語利用してる人間だけに通じる苛立ちだったり、ふとしたおかしみだったりするんだろうかね?

ハングル、繁体や簡体のみの利用してる人たちでもタイプするときは発音どおりにアルファベットで打ち込んで「違う、その変換違うよ!」ってなることあるんだろうか?

 

どうでもいいことに脱線しましたね。

 

閑話休題

このニュースが気になったのでそれについて書こうと思っていたのに。

www3.nhk.or.jp

 

ね。

この提言、前回報じられた時にはちょっと勘違いしてたけど

学校の体罰について、が主眼ではないのだ。

むしろ

「家庭内体罰」についてこれも学校での体罰が禁止されてるのと同じように、法で縛ってしまうべきだ! っていう提言。

※まあ学校現場での体罰も「指導の一環」として未だに明確に法で規制されてるのに横行してるというあたりが「ホンネとタテマエ」の本邦一流のダブルスタンダードを感じさせてしみじみするニュースも多いんですけどね。

 

これ見た時に思ったのがこの辺の記事。

headlines.yahoo.co.jp

headlines.yahoo.co.jp

 

前者の記事はコメント欄が開放されてるんでとっても興味深かった。

「えっ家庭内のしつけでしょ?」

みたいなぶんなぐり親御さんを擁護して子供さんに問題アリじゃよ、と見做すコメンテーターさんのコメントちらほら、けっこう赤ポチ。

 

この辺、違和感がある。

なんというか、これは偏見だけど

「先生とか学校の所有物じゃないのでうちの子は殴っちゃダメだよ」

「うちの子はうちの所有物だから、うちの方針で殴ったりすることもあるよ」

「けど、誰にも文句言わせないよ、だってうちのモノだもん」

っていう、俺の所有してる「モノ」扱いみたいな雰囲気をいっぱい感じる。

 

この辺の境界がすごいうっすらとして曖昧模糊だからエスカレートするんだと思うんだけど、どうなんだろう?

死に至ったり後に残ったりする行き過ぎた暴行はアウトだけど

矯正のための暴力は時としてOK、ってさ・・・それで自分にブレーキ掛けられるの、って。

 

俺は無理だな。

そんなに理性的な人間じゃない。

衝動的に取り返しのつかないことはやりそうだなー、って思う。

行き過ぎ/これはOK

って判断を下す審判を、暴力をふるうオレサマ自らが兼務している、誰もそれを咎められない家庭という密室状況下となれば猶更。

 

なので、法律でもって外部から強引に親御さんから

「子に対する暴力行為のOK/NG審判を下す資格」

を剥奪するというのは、良いことではないかな、と思っている。

 

ただ一方で子育てなんてしたことがないので

「子育てには暴力を伴う躾が効果的なんだ!

 見てみろ、俺の子はお前なんかよりずっと優秀だぞ!」

みたいなことを言われると(言われたことある)、反論が難しいのも事実。

 

もし万が一、甥姪に保護者が暴力を振るってたらそれは止めるけど。

それより遠い知人、他人が親子関係を嵩に着た暴力を振るっているのを目撃しても

「これがうち流の躾なんですッ!」

って言われたら黙るしかないな、って思う。

 

難しいね。

見える範囲の子どもの虐待には反対していきたいけれども、踏み込むのはとてもとても難しい。

踏み込まざるを得ない立場の人たちを支える法律を整えるのは支援したい。

けれども自分たちの家庭に侵入されることを警戒する人の気持ちも分からなくはない。

 

どうすればいいんだろうね。

もっと大っぴらに語り合えるといいんだろうな、とは思うんだけど。

誰が聞いてもひくような暴力に行かないまでも、つい手が出てしまった自省の弁でも、ネッツだとマウンティングされてフルヴォッコになりがちよね。

それがまた育児を引きこもらせる空気を醸成してるみたいなのも感じる。

 

マウントしあう大人たちの語る理想が高すぎる。

自分でもできてない理想を元にぶん殴る棍棒にして振り回してるから、

自分の実際にやってる子育てとの乖離が露見しないようにますます隠す。

こんなループに嵌ってるんじゃねーのか、って外側から見てて思う。

 

もっとユルくていいと思うんだけどな。

殴ってねーし三食メシ食わせてんだからOKだろ、くらいまで規準下げて

「それクリアしてればお互いにマウントしあうのは許さないよ」

って環境なら、もっと楽に実情曝け出せるんじゃないのかしら。

抱え込むよりそれで救われたり、展望が開けたりするご家庭もあるんでは?

 

ホモサピは死ぬまでメンツと見栄を突っ張って、より弱っちい立場に八つ当たりして生きるしかない、哀しい動物なのかしらね。

 

そうではないと思いたいんだけれど。

*1:神秘の法の映画レビューみたいなやつ