afurikamaimaiのブログ

テキスト打ちのリハビリのはずだったが、今は路頭に迷ってる

なんでやる気を評価しちゃうんだろうね。

雑にそう思った。

この辺の評価軸がはっきりしないのが最大のガンじゃないのかな、って。

novtan.hatenablog.com

 

頑張ったことそれ自体は「うんえらいね」って思うけど

それで出力された製品なりの出来不出来が評価されちゃうのってどうなのかしらん?

 

あんま関係ないんだけど、こういうふわふわした基準が評価の主要な軸になったりするから人事も上手く働かなくなるんじゃないかなって妄想した。

「奴は頑張ってるからそろそろこのくらいのところへ」

「奴はやる気が見えねえのでこの辺のところへ」

こういうの。

きちんとした企業だとあんまやらないだろうけど、稀に頻繁に見る光景。

 

職務記述書の導入とか、現に動いているお仕事の厳格な順位付け(とそれに従った切り捨て)とか、そういうのをやたらと経営屋さんが嫌い抜いてるのってこの辺の情緒を評価したいというお気持ちも働いてるのかしらね。

 

奴は頑張ってるし箔をつけてやりたいのさ、という次第で適当な役に就けるために上長が降ってくるのとか。

あそこなら大丈夫だろ、とぜんぜん畑違いの人が腰掛でやってくる程度には軽く扱われてるというのも。

 

まあ・・・それで今のところ回ってるからいいのだろうけど。

全員に関連する話で「頑張ってるからOK牧場」ってのは流石に勘弁してほしいと思った次第。

 

ぼくは頑張りよりも結果をすげえ、と言いたい人間です。

 

 

※追記。

もっとうまいこと書いてる人おったわ。

sin20xx.hatenablog.com

 

品質を担保できないのなら断っちまえ、というのを見て、なるほど情緒を評価軸のメインにおくわけですわ、というふうに連想したり。

ブコメもらったのも含めて思ったのだけど、

「己の才覚と能力の及ぶ範囲を逸脱した仕事が降ってくる」

ことのままあるポジション・それでもってそこから逃れることの困難なポジションの連中、端的に言えば天災の時たまたま首長やってた程度の政治屋連中にしてみれば、

「そもそも対応できる仕事ではない」のだから、結果をもって評価する方向にウェイトを置かれるとキッツイだろうな、って。

だから「頑張ってること」をもって免責の範囲を増やした方が、たまたまそこに居ただけの人にとっては心地よい。

こういう「今あるポジションを守る」というのを優先するのであれば、仕事してるフリの巧さや、頑張ってる感の加点の高い方が生きやすい。

あとは・・・上から振られて「これどう考えても無理だろ」ってな条件のお仕事を下令する側、中間管理職さんのメンタルとしても楽になるのかもしれない。

直接「こりゃ無理でごんす」と言って上司の不興を買うより、兵隊たちを言い含めて「こりゃ無理筋だがとにかく頑張ったことを見せろ」というような芝居を打つとか。

「上がひとまずやってみないと納得しないから」という殺し文句で兵隊を動かすとか。*1

 

こういう雰囲気があるのかもなぁ、ってふんわり思いました。

 

振られた仕事に対して「これは能力(納期・仕様)から言って無理」と毅然たる態度をとることのできる人ってあんまり居ないだろうし。

その辺大人なら自分の仕事に矜持をもって然るべきなんだろうけどね。

人には結構きつく言えるかもしれないけど、自分がその立場になったら、となるとかなり弱くなるかな。

出来ないことをそのまますんなり認めるのは、なかなか心が痛む。俺だったら。

出来ないことは出来ないけど、でも頑張ったんだ、ていう「けど・・・でも」の言い訳で救われたいのは上も下も同様なのかもしれないなぁ、と思った次第。

俺も無理そうな仕事振られて、ダメだった時の言い訳探しながら手を動かすことはままあるので。こういう奴が日本の生産性を落としているんだ。

 

この辺の心の弱さ、どうにかしたいけど流石にもうどうにもならないので誤魔化す方向で頑張りたい。

んで誤魔化しきれずに外にロクでもないものを漏らすか、無能を認めるか、の二者択一を迫られたときには、潔く己の無能を公に認める最低限の強さを得たい。

そんなちょびっとの強さくらいはまだ何とかなるかもしれないと期待したいので。

 

*1:上が言うだけで理解せずに、本当にやって見せろと言ったのかどうかは霧の中だけど。