afurikamaimaiのブログ

テキスト打ちのリハビリのはずだったが、今は路頭に迷ってる

星の数ほど運命は。

いつか輝く日が来るんすかね?

けっきょくゴールは断崖絶壁から滑落しかないんだけども。

 

bungeishunju.com

 

ちょっと甘いなぁ、って思ったけど、「バラモン左翼」については、まあなぁ、って思った。

少し前にこれを読了した影響だと思う。

 

 

10万年の地球未来史をちびっと薄めて分かりやすくした感じ。

終始「お前らの、俺らの選択の果てに何が起こるかやで」

って語り口なんだけども、これって結局どうにもならんというリアル突き付けてるよね、とも。

 

雑に括ると

「お前らのせいで地球はやべえことになってるんだ!」って他責の声を上げるのと

「もうどうしようもねーじゃん、自分たちだけ助かろうぜ」って終末思想に染まるかの2択。

そうなりたくなかったら自分の生活から見返してね、という話。

 

しょっちゅう「(実効性のある)国際合意の枠組みができれば」て論も入れてあるんだけど、どうやるかは不明。

グレタっちをネタにして「世界は纏まれるんだ」みたいな雰囲気も描いてたけどどうだか。俺はそっちにはすごい悲観的。

かといって別に終末思想に染まるわけでもないし・・・と思ってたところにトッドの話を読んで少し腑に落ちた感がある。

 

バラモン左翼たちもやっぱ、自分たちの生活を犠牲にしてまで世の中の色々悪しきモノ、をどうにかしようって感覚は希薄という点で、トランプちゃんと選ぶところはないのよね。

「相手のほうがまず先にいざこざに巻き込まれて、泣かなければいけない」という点ではまったく一緒。

 

温暖化ネタに合わせて言うとさ、先進国に生まれたという時点でカーボンフットプリントはろくでもないぐらいにどす黒く刻まれてるわけで、その中でも特に富裕に属する連中の足跡は黒々とニチャッとべたついてるの。

けどサヨクはそこすっ飛ばして「化石燃料産業・・・・死ね!」ってやってる。

トランプちゃんら右は「温暖化なんかしてないです」or「テクノロジがなんとかするし、makegreat亜米利加あげいん!」ってやってる。

 

当事者意識が異常に希薄なんよね。自分のことを棚に上げて言うけど。

んで、この本はその当事者意識の希薄なところを啓蒙したかったんだろうな、と。

頻繁に「国際枠組みができなきゃダメなんだ」「できるかもしれない」と言及してるけど、たぶん実際にそれができるとは毛ほども思ってはいないんじゃないか。

 

それよりはむしろ、グレタっちの

「俺は飛行機で移動しないぜ、なぜかって? あんな温室効果ガスまき散らす怪鳥乗ってられるかよツルッパゲ」

ってのを持て囃してヒーロー扱いしながらも

テメーらの移動の自由の行使には微塵の疑問も抱かずに過ごしている、グローバルを縦横無尽なバラモン左翼たちを含む、俺たちひとりひとりが多少なりと意識することを期待してるんじゃないかなって。

別にいきなり禁欲的になれと言ってるわけではなく。

今日のほんの少しの我慢が、ひょっとしたら温暖化してボロッボロになることが確定している未来を先延ばしするかもしれないね、と。

そういう風に理解しました。

 

グレタっちの飛行機に乗らないアピールをただほめそやするのではなくて、自分自身の移動の便利と快楽をちょびっと我慢する。

セレブなバラモン左翼なら、飛行機で移動する回数を一回減らすとか。

 

で、トッドはこの「バラモン左翼が少しでも禁欲する(痛みを伴う行動を起こす)可能性」を毛ほども信じてないから、口先だけのこいつら(ガチの意味で弱者に寄り添おうとしない左翼エリート)に政権任せるよりは、トランプのほうが見えてるクソな分マシ、という論調。

 

ウォレスの言うことも、トッドの言うことも、なるほどなぁ、という感じがする。

で。

ここで「なるほど口だけ左翼はダメだなあ」とか「さらに輪をかけてクソなのはウヨクじゃん」みたいな他責に流れちゃうのが拙いんだよね、と。

ベクトルを自分に向けましょうよ、と。

 

そういう風に読みました。

どう転んでも変えられるのはせいぜい自分。

で、自分が変わってほんのちょびっとだけでも温暖化を抑止しそうな振る舞いをすればいいと。

些細な自己満足であれ、行動を起こすことでわずかばかりでも破局を先送りできるんなら、それでいいじゃないの、ということだと思いました。

自分の力の及ばない誰かに向かって呪詛を吐きかけるよりはずっとメンタルにもよろしい。

それに自分にとっては些細な振る舞いでも、先進国という環境負荷の点から言えば滅んで然るべき存在の一端である俺がレジ袋要りません、程度のことをやったとしても、だ。

環境負荷は著しく小さいのに、温暖化の影響ばかりは集中的に被っている人がさらに苦境に追い込まれることを先延ばしにするのには大きな効果があるかもしれない。

自己満足でもマジでやらないよりはマシなわけだ。

世の中は変わらんからと言って終末思想に染まることもなく、個人にできるのって多分この程度で、この程度のことを手掛けぬうちから「誰かが悪い」と言い募るのはもはや邪悪であることよなぁ、と思った次第。

 

これからもたぶんいろんなことをぶっ叩くと思うけど、それよりは自分にできることのほうを大事にしていかないと拙いよな。

俺ごときに叩かれて変われるほど素直な連中なら、叩く前にすでに変わってるだろうし。気にするだけ、期待するだけ無駄なんやな。