afurikamaimaiのブログ

テキスト打ちのリハビリのはずだったが、今は路頭に迷ってる

憎まれっ子世にはばかる

イヤよイヤよも好きのうちだと思ったか?

甘いな!

○したいほど憎んでるよ。

 

mizchi.hatenablog.com

 

ブコメの伸びのすごさから見ても分かるとおり、ヘイトを一身に溜め込むこの仕様、まったく改める気配がない模様。

・・・もとい最後のほうでなんか呟いてますね。なるべく早くオナシャス。

 

さておき。

なんでこう悪いほうへ悪いほうへと技術は爆発的に伝播するのでしょうね。

これが『カネ』というものの持つ本質的な邪悪なのかしら、などと妄想を逞しくしてみたり。

ゼニが欲しい、という切実な思いに囚われきった人たちにとって

そのプッシュは絶望的に憎まれるだけだよ、という「潜在的にゼニ持ってかれる側」の画面の向こうの人々の気持ちはどうでもいいということなんだろうか。

 

上のブログでもそうしたヘイトを一身に溜め込んだ結果、常時オフ→表舞台から衰退していった技術が例示されてるけど、そういう技術も短期間は一世を風靡する事ができるからこそ重宝されるのかしらん。

 

便利だな、ってみんなが使う

便利さに付け込む小知恵の回るビジネスマンが潜り込む

鬱陶しい広告を乗せてばら撒くビジネスモデル確立

有象無象が真似する

いい加減付き合いきれなくなった消費者が忌避する

流入する人が減る、広告効果が減る

「ああ、あのクソ広告に使われてた技術ね」という悪評がベットリ付く

誰も使わなくなる 

 

大雑把な印象だけども、だいたいこんなサイクルがあるように見える。

広告という寄生虫は耳目を集める技術を次々乗り換えていくだけだからコストもお安くフリーライダーだけども、乗っかられる技術を作った人たちの周りはあまり美味しくない世界だなぁ、って思った次第。

 

すごく広い意味で、使う奴の善性に対して信頼しすぎているのかもしれないね。

その辺はこれからは技術屋さんたちも気をつけていかないといけないところなのかな?

モラルとかじゃ道徳とかじゃなしに、単純に生き延びるために。

 

「広告いっぱい晒すのに使えるいい技術だね、うちと取引しよう」

って広告やさんと契約したはいいけど、いずれ

「見ようと思ったサイトを見るときになぜかスキップできないクソ広告があって、それを支えた技術を作ってました」

っていう評判が広がるのは、回りまわって毒になりそうだ。

 

 

Web時代になってから「広告屋がたくさん●にますように」という思いが亢進するようになったオッさんの偏見でした。まる。

 

ゼニは大事。とっても大事。

けど不特定多数を問答無用で「イラッ♪」とさせつつ目指すべき有頂天ではないと思う。