afurikamaimaiのブログ

テキスト打ちのリハビリのはずだったが、今は路頭に迷ってる

GASOLINE

つぶしあえー。

togetter.com

不意に思いついたんでメモ。

まったく根拠はない。

あくまで俺のイメージだ。

 なので都合が悪くなったらすぐに棄てる。

 

セルフレジになって「放り出された」「味気ない」「店側の誠意や感謝を感じることがない」とぼやく高齢者 - Togetter

けど年取って今まで慣れ親しんだのから換えろ! って言われて急に換われるもんでもないと思うよ。「社会の変わるスピードについてこれないお前がクソ」みたいなのもけっこう閉塞感の要因としてでかい気がしている。

2019/01/10 22:20

 

みんながイラついてるのって社会が停滞してるのも、もろちんあるだろうけど

社会がものすげえ勢いで変わっていってて、それについていけないのもイラつきの素じゃねーかな、って思った。

んで、ついていけない奴をぶっ叩いて喜ぶ風潮が隅々まで浸透してる感じ。

特にネッツでは。

ん、ネッツだけでもないか。

「放出」読めないだけでからかう心性の連中はネッツ外にだっているしな。

 

話がズレた。

 

まあ身内に流通してた過ぎないモノやコトが普遍性を獲得しつつあるときに、それを受け容れるのがワンテンポ遅れる、あるいは受け入れることを渋るのをぶん殴ることは社会正義に適ってるかのように流通してるところあるよね、って。

けど、

日々移ろいゆく社会のあれこれを、ジャンル分け隔てなくキャッチアップし、受容し続けることが出来る

なんて人間、いったいどれほどいるんだろうね?

 

社会の

自分にとって好ましい変化 と 自分にとって好ましくない変化

では、年齢関係なく、受容度に差が出てくると思う。

でも社会は全方位から「変化についてこれないお前はクソ」みたいな圧がかかってる。

 

これは生きていくのしんどいよな、たぶん全員。

そのように思った次第。

 

 

*1

 

 

 

変化についていけない人がいても、生温かく見守るくらいの余裕を持てるといいですね。

帰りのスーパーで、目の前で小銭出すのにもたもたしてる人にイラついた俺がいうことではないと思うけど。

 

ここからは蛇足。

 

こうやって日々変わっていきすぎるから、郷愁モノが売れるのかなあ、って。

三丁目の夕日とか(俺は大嫌い)。

ああいうファンタジック昔ジャパンって、思い出を美化しすぎやろ、って思うけど

美化された思い出の方がリアルに感じられるのかもしれない、って。

今が当時から変わりすぎてて、かつてあった日々の暮らしのありさまがどこにも残ってないから

「イヤああではなかったやろ」っていう実感が湧かず

「ああだったかも」ってすんなり思い込めるのかもなあ、と。

記憶を呼び起こすよすがとなるモノが身の回りから消えまくってれば、そりゃ美化してみるバイアスも強化されるだろうよ、と。

 

 

 

*2

 

 

 

変わらないのも辛いけど、変わりすぎるのも辛い。

ちょうどいい塩梅が見つからないのはしんどいね。

 

*3

*1:

けどもう一度思いなおしてみると

「自分がついていけそうな社会の変化」

に関しては

「社会の変化についてこれないモタモタしてる人」

をぶん殴るのに最適な社会正義になるので、エンタメとしていっぱい楽しんでる人もたくさん居るし、一長一短かな。

*2:

いずれ自分もそうなるかもしれない。

ひょっとするともうなってるかも。

家の中から箒が消えてだいぶ長いし、今

「お前が子供のころ家にあった箒はこんなやで」

ってパチモン見せられてもそれ「っぽく」見えたらコロっと騙される恐れアリ。

*3:より変化に強い人たちは、変化に疎い層を思う存分ぶん殴る武器がどんどん降ってくるので大喜びかも知れませんが。