それがノンフィクションやルポの醍醐味だと思っている。
ホームレスを3年間取材し続けたら、意外な一面にびっくりした|”作る”ホームレスたち|ばぃちぃ|cakes(ケイクス)
- [だめかも分らんね]
- [どうしてこうなった]
- [note]
- [男の腐った奴]
対象を見る目の粗さが坂口本とは桁違い。坂口のは筆者と隅田川のエジソンのキャラ同士の関係性あってこそ成立してたがコレはそうではない。立ち位置からの跳躍のない駄文を素人ならではと呼ぶのは間違っている。
2020/11/16 10:49
差別がどうとか、そういうのではてブ盛り上がってたけど、その辺割とどうでもいい。
これのつまらないところは見る側が見られる側と交わって変容するところが微塵もないところ。
見ているうちに変わってしまう、というのは
当初筋立てていたようには物事が進まなくなる
というのが一番いい。
こうなった時に見る側がどう変容するかが面白い。
これが面白かったのは、この出会いの後で作者(坂口)が大きく変容していること。
もともとそういう素養のあった人間なんだろうな、というのは分かるけど、それでもこの出会いがなかったら、こうはなっていまい。ここから発生した坂口の、現在の割とトンチキな活動が当初目論見通りだったと受け取るのは難しい。
上記の記事は、この当初の意図と違った流れに「なってしまった」「ならざるを得なかった」というリアルがどうにも薄い。
作者が意図した目論見に沿ってすべてが展開してる。
おそらくそれを困難にするであろう、そこかしこに転がっているちっこいエピソードを避けて歩くことで当初目論見通りの企画を進めているように見える。
そこがそこはかとなくつまらないのだ。
この程度の関係性でいいのなら、スタバあたりで満足すればいいんじゃないでしょうか。
自分に居心地のいい距離感を求めるのは人としてすっごく当たり前で、そうじゃないのは奇人だと思うけど、俺が読みたいのは奇人のおかしな距離感のルポなんだよな。
これ書いた作者は「枠を超えられない人なんだな(普通の人なんだな)」だけで済むのだけど、賞を与えた連中に対してはさすがに、先行する奇人たちの同ジャンルの各種ルポ・ドキュメンタリーに触れたことがないのか? って疑っちゃいました。
あるいは……この、「賞を与える」ということそのものが「当初目論見通り」だったりするのかもね。
「ホームレスを3年間取材」なるcakes連載の件、書き手夫妻が美大卒の人たちだと知って何となく得心というか、松江哲明『童貞。をプロデュース』とか、数年前の美大の学園祭?だったかの企画で性産業労働者の女性を呼んでなんかしようという件とかの無神経さと通底するところがあるように思う。
— こぐま (@qua_gma) 2020年11月16日
※ちょびっと腑に落ちた奴。
左右のバイアスを抜きにして、お仕事として「企画意図からはみ出ない安全なつくり」というのは大人の振る舞いだよね。美大うんぬんに限った話ではない。意図からはみ出してしまいそうになった時に感覚を遮断するのが「普通の大人」 だと思う(皮肉ですよ)。