afurikamaimaiのブログ

テキスト打ちのリハビリのはずだったが、今は路頭に迷ってる

自称現実主義の限界。

裁量が自分にあると思い込むところ。

 

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んで、その裁量で切断した相手が抗議の声をあげたりすると、ごらんのアリサマ。

当時の判断として

オレの腹が膨れるほうが、オマエラの命より大事です。

 

こうなるのはまあ自然。

間違いなくオレもこっちによる。

与野党全会一致で断種法(優生保護法)も通したしな。

誰も自分が可愛いもの。そこを断罪するようなことがあってはいけない。

 

で、だ。

その当時のことは措くとして、今回の強制不妊関連の法改正に寄せて上記のtweetなんだけど

現実主義的でクールなものの味方してるぜ、って自認してる連中

なんでこう自分の無謬性に拘泥したがるんだろう?

 

当時はこうだったんや~、ってのを被害訴えてる人間が踏まえてないとでも?

俺の判断は間違ってなかった、だから踏みつけにし続けることはOKなんだよ、ってか?

 

「当時は仕方なかった」は分かるんだけど、そのあとの振る舞いがな。

 

まあ仕方ないんだよ。

仕方ない。

腹が減るというのは本当にみじめなものだ。

けど腹が膨れた今にもなって、腹が減ってるときとおなじ餓鬼のメンタリティを持続し続けるのはオレにはちょっと無理。

まして

「これからまた餓鬼に落ちるかもしれないんだぞ、予防しなくては!!」

って恫喝に同調するのは、なおさら無理。

 

生き方の好みとしては、前回の問題を改善する方向に知恵をめぐらしたいですね。

せめて、腹がくちくなって理性が生きているうちは。

やっちまったことへの後ろめたさから目を背けて

「アレが最適解」

と全肯定するような真似は出来ませんわ。

それこそ先祖に申し訳が立たない。

むしろ後ろめたさから解放されてるぶん、

「腹減ったら、オレ以外の弱い奴殺してええんや」

みたいに開き直ってるぶん、退化してるといえるかもしれない。

 

好みとしては

「多少面倒でも(殺した結果)再配分できる資源が最大化できるところを率先して殺そう」

って方向に頑張りたいですね。

 

まあそもそもヒトがヒトの命を裁量できるという傲慢さが既に反吐が出る思想なんですけど。

 

 

腹が減ったらナニ考えるか分からんからなぁ。

ちょっと貧乏するだけでも世の中憎しみに満ちた視線で眺めるし。

 

そうなった時にそれでも

弱い虫がさらに弱い虫をぶん殴る寂しい夕暮れを回避しよう、って足掻くのが人間の矜持って奴じゃないのかな、とまだ腹が減ってない状態では思います。

 

「奴ら殺してもええんや」って考えるのは、真面目にとても切ない話だよ。